ブログ版 フットハットがゆく!
『フットハットがゆく!』はMK新聞連載中のエッセイです


自己解決、つれづれと。その2

 
先日の中坊トークでの会話の自己解決日記、その2です。

僕が作ったムービーに関して、これはもうほんとうに昔からつねづねいわれているんですが、

『かわいこちゃんをひいきして使う』

そして、『撮影している塩見さんの特権やなぁ』

っていわれたんですが僕は、まぁそれに対してそのとき適当な言葉が思い浮かばず、

『特権ではなく義務です』

と答えたのですが、まぁ僕も映像を制作するにあたって、いろいろ悲しい思いをしているわけです。


僕は基本的に画像に余計な映像効果をかけるのが嫌いですから、映画のように撮ったままのカットをシンプルに繋ぎたいわけです。

シンプルな分、素材の善し悪しがよく分かるし、カメラワーク、編集にも細心の技術と感性を要します。

だから一見シンプルに見えても、皆が想像している何倍もの時間と労力を費やしているわけでござんす。


それがねぇ、見る方にはなかなか伝わりませんね。上辺の方だけで見る人が大多数です。

『このひと不細工やなぁ』

『肥え過ぎやでこの人』

『今の表情、私はきらいやな』

『ファッションのセンス悪いなぁ』

ほんま、がくって来ます。僕の苦労、技術なんて見る人にはどうでもいいんです。大概の人は単に被写体の善し悪ししか見ていないんです。悲しくなります、自信喪失します、自分の評価も下がります、映像作りをサポートしてくれた人への評価も下がります、責任問題です、でもそれが現実です、大衆に受けようと思ったら迎合しなければなりません。

ちゅうことで、『不細工じゃない人を撮ります!しゅっとした人を撮ります!表情の良い人を撮ります!センスのいい人を撮ります!』ってなるわけです。

もちろん歌舞伎の世界にもあるように、キャラが明確な人は使います。主人公、二枚目、三枚目、場合によっては敵役。必要だと思えば使います。

とにかく客観的に撮って、客観的に編集すると、まぁ今の段階では今の僕が作っているような感じになるわけです。

それはある程度自信を持ってやっています。

僕の持論ですが、映像の中で被写体の人がなにか視聴者から批判を受けたとしたら、それは演出家と編集家の責任ですね。

カメラマン塩見が撮影し、演出家塩見がOKを出し、編集家塩見が取捨選択しているわけですから、やはり塩見の責任が大、大、大になるわけなんです。

僕の映像に出て、人から批判された被写体の人がいたら、それは僕の責任です、ご免なさい。

でも逆に、

『この人かわいいね!
 この人かっこいいね!
 この人のキャラは楽しいね!
 この人のキャラには癒されるね!』

なんて言葉を聞くと、やっぱり嬉しいですね。その場合、その手柄は大部分が被写体そのもののものですが、それを引き出せたことに対する喜びは大きいです。



ちなみに、映像世界には、被写体、カメラマン、演出家、編集家、(…バンドでいう所のボーカル、リードギター、ベース、ドラム、的な)基本キャラクターの上に、ボスキャラ的なプロデューサー、スポンサーという人達がいます。

僕の中で完成していても、ボスキャラの一言で、『あのカットは削れ』『このシーンを足せ』っていうふうになる場合もあります。

単純そうに見えても、複雑ですねぇ(笑)。



さぁ、自己解決(ぼやきか?)でいい気分転換になりましたから O・C・GOT に戻ります!
 

テーマ : ひとりごとのようなもの - ジャンル : 日記

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